11月14日(木)
きょうのライン。
5ねん生と、3ねん生。
まだまだ、大きくなるね。
きょうは、Nちゃんのリクエストで、5ねん1くみのクラスをみんなではかった。
Nちゃんは、なぜかさいしょのころから、「おとどけアート」のじかんを、たいせつなものだとかんがえてくれている。
「さいきん、どうしてもいけなくて、ごめん」
とNちゃんがいう。
「いいよ。そんなことより、ひさしぶりだけど、げんきなの?」
わたしがいう。
10さいくらいのNちゃんと、36さいのわたし。
ねんれいをとびこえて、ともだちみたいになれるのは、やっぱり、いっしょになにかをつくっているからかな。
アートには、そんな「まほう」のような、なにかとなにかのあいだを、とびこえる力がある。
わたしはその「まほう」を、とてもつよく、しんじている。
5ねん1くみのクラスで、
「これから、からだでクラスをはかるよー」
とこえをかけたら、
なぜか、2くみと、3くみの人たちも
「いいなー。ずるい!」「やるやる!」
と、はいってくれて、みんなではかることになった!
5ねん生は、やっぱり大きい。
1ねん生がはかったときは、ぜんいんで1しゅうできなかったのに、こんどは、2しゅう目にいってしまった!
28人で、クラスを1しゅうと、はんぶん。
そして、5ねん生のみんなの、からだの「かた」も、とりあった。
1ねん生とは、またちがう「わたし(じぶん)」への、きょうみがあるんだなと、おもった。
せがのびて、こえがかわって、からだがかわって、いままでにないきもちがたくさんうまれる。
『じぶんってなに?』
と、かんがえさせられる、学ねんだとおもう。
Rくんは、じぶんの「かた」を、学校のどこにかざりたいか、とてもなやんだ。
Yくんは、からだの「かた」をとられて、みんなでクラスをはかると、ほっぺたをあかくして、てあしを大きくうごかして、ワクワクするきもちをおしえてくれた。
ほうかごは、アーティストの ひさのさん と、わたしじしんのインタビューを、さつえいした。
「わたしの名まえは、ひさの いえのうら山の川 しの です」
「わたしの名まえは、あきもと れつれっぷ さなえ です」
ひさのさんは、様似町(さまにちょう)にある、もういくことができない、山の中にながれる川のはなしをしてくれた。
そのふうけいは、さくひんに とうじょうすることもあるんだって。
きっと、くりかえし、おもいだす「わたしの ばしょ」なんだろうな。
わたしは、てんこうせいになってから、しった ばしょ で、じぶんの あたらしい名まえをつくった。
烈々布(れつれっぷ)という、ばしょの名まえの中に、たいらなみち、ひろい空をとぶトンボやひこうき、たくさんのはたけ、伏古(ふしこ)川、そして大きな どろの大ちが見える。
しったばかりだから、イメージはできるのに、じょうずにはなせなくて、くやしい。
でも、なにもしらないころよりは、栄町(さかえまち)がある ばしょ と、すこしなかよくなれたようなきがする。
(とりむしさかな 秋元さなえ)